東京フルスロットル

英語と地理と歴史を駆使したコンテンツが好きだったんですがもう仕事に毒されてしまったのです。

「男が消える」想像力をかきたてる一文を紹介します

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「日本語の奥深さ」がまことしやかに語られている現代社会では、「雅やかな日本語」にはそれなりの価値が認められている。僕らが普段何気なく使う日本語は外国人にとってこの上なく難しいものと形容されがち。

そんな「習得難易度の高さ」に直面しても、なお折れることなく勉強を続ける姿は、日本中から賞賛されるべしとして、日夜お茶の間に賑わいと感慨をもたらせている。外国人が素晴らしき日本語を身に付けんとする。その姿。「美しき日本」だとか、「世界の日本」だとか、ある種のノスタルジー溢れた文言たちは今日も人々の共同幻想を闊歩しているのだ。使い古されたニッポンマンセーの大合唱は21世紀が進めば進むほど耳に心地よい。

 

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携帯電話のSIMフリー教がキャリア教にしかける聖戦

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先日友人からiPhone6を譲り受けた。彼の仕事柄、たくさんのiPhoneと触れ合っているそうで、今度も新しいiPhoneたちを迎え入れるために、もうだいぶ古くなったiPhone6を僕のもとへ養子に出した格好だ。僕の知る限り、彼は様々なエディションのiPhoneを数十台は触れてきたエキスパートだ。

彼の関心はとうの昔にiPhone7、8、Xと儚くうつろいを見せていた。僕が引き取ったiPhone6はまるで箱から出されたばかりの新古品に間違いないのだが、見慣れたiPhone(それもいまとなっては旧式)を受け取った僕としては、はじめて我が家にカブトムシがやってきたときの、あの何とも表現し難い「感謝と幻滅と困惑」が入り混じる感覚に陥るのであった。

 

ところで、今回僕が受け取ったのはiPhone6。唯一期待していたのは、僕のSIMカードが入るかどうかに集約されている。(断じてSIMOネタではない)

国外に行く際には利便性・コスト面を考えるにSIMフリー端末は必需品だ。なので自分の端末がSIMフリーであることは最優先であり、SIMフリーでなければ携行品に非ずと断じたいところなのだ。僕が普段使っているiPhoneも当然SIMフリーである。仕事(1割)や遊び(9割)で外国に行く身としては、SIMの出し入れが簡単にできないのは苦痛以外の何者でもない。というのも空港でのWi-Fiルーターのレンタルに時間とカネを割かねばならず、しかも現地で使える電話番号を保有できるわけでもないのだ。おまけにWi-Fiルーターはぼったくりと思えるような金額を平気で要求してくるのも気に入らない。

   

さて、僕の手元にやってきたiPhone君の具合はどうだろう。友人が言うには「SIMカードは抜いておいた」とのことだった。いやはや、事前に挿入の手はずを整えてくれているとは、なんとも気の遣える友人である。これからこのiPhone君には僕のSIMカードをたっぷりと受け止めてもらはないといけないのである。しっかりと電波と波動を感じてインターネットの大海原に敏感な反応を見せてもらわないと困るのである。自前のauのSIMカードを手に取ったときには、僕の期待は頂点に達した。みなぎる興奮に手は震え、SIMピンに僕の体温が伝わっていく。じんわりと高まりを見せる僕のiPhone君は身動き一つ見せることなくSIMカードに心部と脚部を開いていくようである。いよいよSIMカードの差し込みという名の神聖な「交配」が始まろうとしている。

 

ところがiPhoneは無反応であった。差し込みの甘さやらゴミでもついていたのかとあれこれ思案した挙句、とりあえずもう一度挿入を試みるのだがiPhoneは声も出さぬマグロのままであった。サイズ感は間違いないし、挿入後に指先に残る「プチ」というあの感覚はたしかであった。しかしながらiPhoneは無感である。

「あ、そのiPhone6はドコモのキャリア端末だからSIMロック解除も無理だからね」

友人はSIMフリー信者の僕に向かってキャリア端末のバイブルを読み上げた。異教徒の僕にとってキャリアの規約などは何のありがたみも感じられないお経そのものである。しかしながら日本にはびこる「キャリア教」とやらは根強く、総務省という名の教皇庁ですら、なかなか教義を変更しようとしない。日本に出回る端末のほぼすべては何かしらの形で「キャリア教」に洗礼を施されているのだ。SIMロック解除は異教への帰依として火あぶりにされるか、一定期間の贖宥を果たさなければならないのだ。

新興国では1000円で無制限のデータ通信を享受してきた僕としては今更キャリア教には戻れないのだけども、反省すべきはドコモ端末にauのSIMを挿入してしまった点であろう。この際磐石な格安SIMとやらも挿して差し上げたかったが、これ以上の洗礼や論争にはiPhone君にとっても異教徒である僕に取っても互いを幸福には導かないような気がしたのだ。異物への耐性がまるで見られない様子は筆舌になんちゃらで、体内の免疫系よりも宗教戦争に重きをおきたくなるのも道理であろう。

 

SIMフリー教の聖戦は始まったばかりだ。

   

参考になりました。ありがとうございます。

 

 

ほら、あなたには仕事の足音が聞こえただろうか

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カレンダーを開いたのは久方ぶりで、ふと気がつけば2017年もいよいよ折り返しどころか三つ折りうちの残り1つとなってしまっていた。

これまで僕が溜め込んできたのは、社会の荒波に追いやられ波打ち際を行ったり来たりするような脆弱にして意志の感じられない浮遊物のなにがし。いやはや、目がさめると浦島太郎よろしく僕を取り巻く環境のかくも大きな変化に呆然とさせられるのである。

今宵なぜブログエディタに目を奪われ我を忘れタイプ音を奏でているのかと問われれば、間髪入れずに次のような返答パターンを披露したいがためなのだ。

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モノマネor歌のうまさは外国語習得 / 運用能力って関係あんのかな

f:id:esimplicitaes:20160529174455j:plainそういえばはてなブログProの更新期限に気づかなかったために、自分のブログのパーツ達がトランスフォーメーションしてることに気がついた…

それは置いといて、今週もまたいろいろと面白かったのでちょっと記事にしないといけません。なんとなくもフォーマットを整えておけば備忘録になるかなってことで、「今週おもったこと」みたいにしておきます。テーマは「モノマネor歌のうまさは外国語習得 / 運用能力って関係あるのかどうか」でいきましょう。

 

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【バーグハンバーグに絡める】他己紹介の方が効果的な自己紹介になる仮説

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えーっと、ただいまご紹介にあずかりましたー、あー、えー、

さて自己紹介って小っぱずかしくないですか?なんかこう、自分を紹介するんですね、簡単に言えば。

これのやっかいなところって個人のさじ加減によってはまったく自己紹介になっていないケースが発生する点ですね。

わかりやすいところだと、経歴をてんこ盛りにしちゃったりだとか、0→1ではないけど1→100くらいにご自身の豊かなご経験をかさ増しちゃったりだとか。反対に何も紹介していないに等しいほどコンテンツが少なかったり、含みが強すぎちゃったりするやつですね。(Cf. バーグハンバーグバーグの会社概要など)

せっかくなので引用してしまいましょう。

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割とくだらないネタが集まってきたし春なのでブログ再開します

こんにちは。東京フルスロットルです。

1月の終わりくらいですかね、ブログの更新頻度を激減させるという謎の宣言をしておりましたが、その宣言自体がとても無意味なものに思えて苦しんでました。

なのでけじめとして蚊の泣くよな声で「再開します」とだけ宣言しようかと思いましたが、なんかイタいし恥ずかしいのでやめときます。

 

実はブログを「中断」していた2月3月ってかなり忙しくて充実してたんですけど、困ったっことに「下の病気」を患っていました。というか現在進行案件です。

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小学生の時に見た「耳をすませば」と24歳になって見た「耳をすませば」

 10歳の頃。おそらく2002年の7月中旬。はじめて金曜ロードショーで「耳をすませば」を見た。

当時の僕にとって21:00以降の番組は深夜番組に等しかった。厳しい父の教えだったから。21:00就寝は鉄則だったから。ところが例外的に「深夜番組」を見ることができた。父が許した理由は2つ。僕が「耳をすませば」をみたことがなかったから。そして、それが「金曜ロードショー」だったから。父は金曜ロードショーには比較的寛容なのだ。ただしジブリの放映日だけ。

 

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レインボーブリッジの高さから海に飛び込みまくってる@夢の中

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最近見る夢がリアリティ強度やばすぎて、まるで夢の中でも生きているみたい。

昨日見た夢は、レインボーブリッジの高さから垂直に飛び込むやつ。もう何も怖くないんだよね。だって夢の中で何回も飛び込んできたからもう慣れてしまったんで。

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24歳の若さにして髪の毛を失いそうで怖い

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目が覚めたのは目が覚めてから。枕におよぐ数十本の髪の毛が僕を起こす。

 

いつからだろうか。こんな風に髪がなくなっていったのは。自覚がなかったとは言わない。見て見ぬ振りにも限界はあった。それでもこの日の数十本の脱毛には驚きを隠せない。

 

どうしたものか。僕は24歳。一般的な男性と比較しても、この歳で髪の毛に悩みを覚えるなんて早すぎる。早すぎる。世間一般との比較が意味をなさないとは分かっていただけに、この例外的な脱毛が余計に僕を震えさせた。

 

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