東京フルスロットル

英語と地理と歴史を駆使したコンテンツが好きだったんですがもう仕事に毒されてしまったのです。

8年ぶりの友人がよこしたのは「外資系生保」への就職エントリーだった

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退職エントリーに事欠かないこの界隈でも就職エントリーはまれである。その現場の多くはSNS。退職の決意表明といままでの感謝をこれでもかと!まで展開されたと思えば、旧友やら未来の元同僚たちがこぞってLike!を寄せるのだ。SNSといってもFB限定のロードショーかもしれない。刹那的とはいえそれはそれは派手なタイムラインと化すのである。うらやましい。ぼくの狭小な観測範囲によればFBだけはいつだってこの夏の酷暑を知りやしない。どこからともなく吹き荒れる寒風が(タイムラインを)見る者の熱を奪っている。熱波の続く日本列島にもどうか容赦ない冷風がおすそわけされんことを。

 

対して就職エントリー。「次のステージは○○です。」との具合に退職エントリーに書き添える形で繰り広げられるパターンが一般的だが、就職エントリーを独立させた場合にはこれまた毛色が異なる。新たな境遇にバラ色のモチベーションを展開し、燃えたぎるパッションをして雇い主への忠誠と奉公が誓われる。「ビジョン」「おもい」「やりがい」の類を目の当たりにすると意識が…高揚する。就社先に対するある種の狂信と覚悟とやらが絶妙にブレンドされた筆致は決して読むに耐えないしろものではないが、ゲテモノ見たさ、言うなれば純粋無垢の好奇心が同居してしまう。その稀少なコンテンツ性を鑑みれば一読の価値があるのは理解できる。

 

そんな就職エントリーの類が僕の個人LINE上で展開された。「東京くん!いま何してんの?俺は(以下、略)」

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ググっても出てこないものを貪欲に追い求めたら1万円くらい儲けたお話

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ググればなんでも何でも手に入る世の中なので、ググっても手に入らないものが価値をもつようになりました。

みんなが簡単に手に入れられる情報って相対的に価値をおとしていますし、ありふれたものはどんどん安く買い叩かれていますよね。

人材も、スマホも、車だってそう。

 

じゃあ、そんな世の中で価値を持つものってどういうものなんだろ?どうやったらたどりつけるんだろ?ってことで始めたいと思います。

そうなるとやっぱり「希少性」ってのはキーワードになるかもしれません。

 

今日伝えたいのは、ググってもたどりつけない情報に、

  • どうやってたどり着けばいいの?(プロセス)
  • たどり着いたらどうなった?(お金)

って2点です。

いやあ、今思えばなかなか貴重な経験でしたね。社会人1年目とかだったのでまあ興奮しました。

上がった収益は10,000円程度でしたがw

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1年以上の前のブログ記事をながめると別人格が書いていたように思える件

「ブログは変化の記録」だとか「成長ログ」ってのはあながち間違いではないのかなって思います。

僕の場合はただの「黒歴史」なんですけどね。

 

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「よかったら話しかけてください」という自己紹介が多すぎる件

いや、自分から話しかけろよって思うんですよね。

「私は〇〇が好きです。よかったら誘ってください」「話しかけてください」

 

いやあ、きびしい。

僕はすごく性格に自信があるので、こういう自己紹介を披露いただいた人にはぜったいに話しかけまいと思っていたんですね。

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未来の話をする人と、過去の話をする人、いませんか?

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「お前といると、先の話ができる。」

なんのことだろうと思って、僕は友人の顔を覗き込んだ。

「だから、未来の話ができるんだよ。次の仕事とか、これからどうなるとか、結婚はとか。」

 

なにを当たり前のことを言っているんだと思い、ぽかんと友人を眺めていた。

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「男が消える」想像力をかきたてる一文を紹介します

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「日本語の奥深さ」がまことしやかに語られている現代社会では、「雅やかな日本語」にはそれなりの価値が認められている。僕らが普段何気なく使う日本語は外国人にとってこの上なく難しいものと形容されがち。

そんな「習得難易度の高さ」に直面しても、なお折れることなく勉強を続ける姿は、日本中から賞賛されるべしとして、日夜お茶の間に賑わいと感慨をもたらせている。外国人が素晴らしき日本語を身に付けんとする。その姿。「美しき日本」だとか、「世界の日本」だとか、ある種のノスタルジー溢れた文言たちは今日も人々の共同幻想を闊歩しているのだ。使い古されたニッポンマンセーの大合唱は21世紀が進めば進むほど耳に心地よい。

 

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携帯電話のSIMフリー教がキャリア教にしかける聖戦

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先日友人からiPhone6を譲り受けた。彼の仕事柄、たくさんのiPhoneと触れ合っているそうで、今度も新しいiPhoneたちを迎え入れるために、もうだいぶ古くなったiPhone6を僕のもとへ養子に出した格好だ。僕の知る限り、彼は様々なエディションのiPhoneを数十台は触れてきたエキスパートだ。

彼の関心はとうの昔にiPhone7、8、Xと儚くうつろいを見せていた。僕が引き取ったiPhone6はまるで箱から出されたばかりの新古品に間違いないのだが、見慣れたiPhone(それもいまとなっては旧式)を受け取った僕としては、はじめて我が家にカブトムシがやってきたときの、あの何とも表現し難い「感謝と幻滅と困惑」が入り混じる感覚に陥るのであった。

 

ところで、今回僕が受け取ったのはiPhone6。唯一期待していたのは、僕のSIMカードが入るかどうかに集約されている。(断じてSIMOネタではない)

国外に行く際には利便性・コスト面を考えるにSIMフリー端末は必需品だ。なので自分の端末がSIMフリーであることは最優先であり、SIMフリーでなければ携行品に非ずと断じたいところなのだ。僕が普段使っているiPhoneも当然SIMフリーである。仕事(1割)や遊び(9割)で外国に行く身としては、SIMの出し入れが簡単にできないのは苦痛以外の何者でもない。というのも空港でのWi-Fiルーターのレンタルに時間とカネを割かねばならず、しかも現地で使える電話番号を保有できるわけでもないのだ。おまけにWi-Fiルーターはぼったくりと思えるような金額を平気で要求してくるのも気に入らない。

   

さて、僕の手元にやってきたiPhone君の具合はどうだろう。友人が言うには「SIMカードは抜いておいた」とのことだった。いやはや、事前に挿入の手はずを整えてくれているとは、なんとも気の遣える友人である。これからこのiPhone君には僕のSIMカードをたっぷりと受け止めてもらはないといけないのである。しっかりと電波と波動を感じてインターネットの大海原に敏感な反応を見せてもらわないと困るのである。自前のauのSIMカードを手に取ったときには、僕の期待は頂点に達した。みなぎる興奮に手は震え、SIMピンに僕の体温が伝わっていく。じんわりと高まりを見せる僕のiPhone君は身動き一つ見せることなくSIMカードに心部と脚部を開いていくようである。いよいよSIMカードの差し込みという名の神聖な「交配」が始まろうとしている。

 

ところがiPhoneは無反応であった。差し込みの甘さやらゴミでもついていたのかとあれこれ思案した挙句、とりあえずもう一度挿入を試みるのだがiPhoneは声も出さぬマグロのままであった。サイズ感は間違いないし、挿入後に指先に残る「プチ」というあの感覚はたしかであった。しかしながらiPhoneは無感である。

「あ、そのiPhone6はドコモのキャリア端末だからSIMロック解除も無理だからね」

友人はSIMフリー信者の僕に向かってキャリア端末のバイブルを読み上げた。異教徒の僕にとってキャリアの規約などは何のありがたみも感じられないお経そのものである。しかしながら日本にはびこる「キャリア教」とやらは根強く、総務省という名の教皇庁ですら、なかなか教義を変更しようとしない。日本に出回る端末のほぼすべては何かしらの形で「キャリア教」に洗礼を施されているのだ。SIMロック解除は異教への帰依として火あぶりにされるか、一定期間の贖宥を果たさなければならないのだ。

新興国では1000円で無制限のデータ通信を享受してきた僕としては今更キャリア教には戻れないのだけども、反省すべきはドコモ端末にauのSIMを挿入してしまった点であろう。この際磐石な格安SIMとやらも挿して差し上げたかったが、これ以上の洗礼や論争にはiPhone君にとっても異教徒である僕に取っても互いを幸福には導かないような気がしたのだ。異物への耐性がまるで見られない様子は筆舌になんちゃらで、体内の免疫系よりも宗教戦争に重きをおきたくなるのも道理であろう。

 

SIMフリー教の聖戦は始まったばかりだ。

   

参考になりました。ありがとうございます。

 

 

ほら、あなたには仕事の足音が聞こえただろうか

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カレンダーを開いたのは久方ぶりで、ふと気がつけば2017年もいよいよ折り返しどころか三つ折りうちの残り1つとなってしまっていた。

これまで僕が溜め込んできたのは、社会の荒波に追いやられ波打ち際を行ったり来たりするような脆弱にして意志の感じられない浮遊物のなにがし。いやはや、目がさめると浦島太郎よろしく僕を取り巻く環境のかくも大きな変化に呆然とさせられるのである。

今宵なぜブログエディタに目を奪われ我を忘れタイプ音を奏でているのかと問われれば、間髪入れずに次のような返答パターンを披露したいがためなのだ。

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モノマネor歌のうまさは外国語習得 / 運用能力って関係あんのかな

f:id:esimplicitaes:20160529174455j:plainそういえばはてなブログProの更新期限に気づかなかったために、自分のブログのパーツ達がトランスフォーメーションしてることに気がついた…

それは置いといて、今週もまたいろいろと面白かったのでちょっと記事にしないといけません。なんとなくもフォーマットを整えておけば備忘録になるかなってことで、「今週おもったこと」みたいにしておきます。テーマは「モノマネor歌のうまさは外国語習得 / 運用能力って関係あるのかどうか」でいきましょう。

 

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【バーグハンバーグに絡める】他己紹介の方が効果的な自己紹介になる仮説

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えーっと、ただいまご紹介にあずかりましたー、あー、えー、

さて自己紹介って小っぱずかしくないですか?なんかこう、自分を紹介するんですね、簡単に言えば。

これのやっかいなところって個人のさじ加減によってはまったく自己紹介になっていないケースが発生する点ですね。

わかりやすいところだと、経歴をてんこ盛りにしちゃったりだとか、0→1ではないけど1→100くらいにご自身の豊かなご経験をかさ増しちゃったりだとか。反対に何も紹介していないに等しいほどコンテンツが少なかったり、含みが強すぎちゃったりするやつですね。(Cf. バーグハンバーグバーグの会社概要など)

せっかくなので引用してしまいましょう。

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