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東京フルスロットル

英語と地理と歴史を駆使したコンテンツが好き。それとウェブサービスとゲスな話をゆとり新卒なりに書きます。

最愛の元カノが結婚するという知らせに魂が揺さぶられている

ブログネタ系 考え事

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俺の頭の中で2週間ほど繰り返されたフレーズがある。

 

「◯◯は◯◯と結婚しました」

   

 

世の中の便利さが個人を痛みつける事例は枚挙にいとまがない。識者と思しき著名人がそのご高説の矛先を「顔本」に向けた記事があった。「顔本」のタイムラインに掲載されたイケイケキラキラ投稿というものが、1度や2度ほどしか顔を合わせたことのない人物の不幸を助長するという研究結果だったかと思う。そして社交辞令的なLike!を脅迫されるかのごとく、親指の尖ったアイコンをタップさせられるのである。こうした無限ループに耐えられず、心と体に不調を覚えているユーザーがいるのではないかとでも危惧したゆえの老婆心なのだろうか。「SNSをやめれば幸福度が上がる!』という情報が無視できない信憑性を伴って世のなかを駆け巡ったのであった。

 

俺は元カノ結婚情報をこうしたSNSからキャッチした。というよりキャッチさせられた。それまで形式上の「FB友達」関係が維持されてきたのは、SNSへの投稿を相互に忌み嫌ってきたからだ。それゆえに関係が破綻したからといって俺たちのデジタル空間に実体のないベルリンの壁を築くことなどまさに時代錯誤のように思えたのだ。それに交際当時は特段彼女のタイムラインなど関心がなかった。だが別れて以降、結婚報道が俺のタイムラインを賑わせるまでは、何度元カノのタイムラインをチェックしてきたかわからない。元カノの様子が知りたすぎて、意味もなく、投稿などありやしないタイムラインをひたすらに追っていたのだ。識者が聞けば俺のような輩は栄えある調査対象になりかねない事態である。それでも結婚の知らせが流れたと同時に追跡をやめた。断じてストーカーなどではない。俺は元カノを心から愛していたはずだ。愛と憎しみとが表裏一体であるとはとても思えなかった。

 

ふと元カノとの思い出に浸ったことが何度かある。些細な言い合いを巻き起こしてしまったのはGW中の旅行先を何処にするか議論していたときだ。彼女と俺の駆け引きはいよいよ緊張感を帯びてきたかと思えば、その緊張感が極限までに高まり彼女がむせび泣いたのだった。震えるその声が私とあなたは価値観が合わないということを告げた。その一言に、幾多のバンドグループが「音楽性の違い」を建前に解散を余儀なくされてきたことを思い起こさせられた。俺たちの始まったばかりのパンクロックがたかが「旅行における音楽性の違い」などに屈してはならぬ、というより屈するようでは鍛錬が甘いのだ、として俺を真の意味で奮い立たせたことを鮮明に覚えている。

 

涙に目を腫らしながらも落ち着きを取り戻した彼女を見て、どうにかこの事態を乗り越えた挙句、新たな高みを、そしてあれだけサッカー日本代表たちが連呼してきた「自分たちのサッカー」と類似した何かを目指したいという気にかられた。その瞬間にも、こんな取るに足りない言い合いを乗り越えるユーモアが俺の愚鈍な脳みそにも降りかかってきたので、導かれるかのごとくその教えにしたがったまでだったのだ。

 

   

 

俺は彼女の二の腕に噛み付いた。時は2014年、サッカーW杯が閉幕したばかりであった。いまやバルセロナへと活躍の舞台を移した某ウルグアイ代表FWの歯型が魔法陣なしで俺のぶっとい脳髄へと降臨したのであった。俺とのバンドライフだかサッカーライフを歩んできた彼女からすれば、そんなの馬鹿げたつまらぬ冗談だと一蹴し、いつものように俺をベッドへといざなってくれるはずであると楽観していた。二の腕の歯型が2つ3つと増えることにきっと喜びに満ちた表情を浮かべてくれるはずであると信じていた。俺と彼女は会うたびにセミダブルの愛の巣で互いの魂を交換していたからだ。

 

しかし判定はオフサイドだった。目の前で起ころうとしているどうしようもない展開に我が目と耳を疑った。動物の本能とやらが働いたのであろうか、聞いたこともないパンクロックとフーリガンの叫びが到達する1マイクロ秒前に、俺は鼓膜を破壊する予兆を察知して自らのひとさし指で耳の穴にシェルターを形成した。辛くも鼓膜は守られたが彼女の涙腺が再びバーストしてしまったようだった。早急な処置が必要だと判断した俺は、彼女の涙を口ですくって差し上げようと思い立ったのだ。だが彼女のワールドクラスのDF陣が俺の下品な発想のゆくつく先などすでに察知していたようで、ふたたび発せられたワールドクラスのオフェンス陣による魂の叫びが今度は三半規管までダメにしてしまったのだ。立っていられなくなった俺は彼女の狂気じみた罵声とカンプノウで繰り広げられる芸術的な波状攻撃にただただ耐えるしかなかったのだ。クラシコに負けるとはこういうことなのだ。性欲を撃退された俺はついに自分の大好きなレアルマドリードのユニホームを白旗に見立てるしか方法がなかった。試合後、彼女が価値観と采配の違いを強調した、そのことだけは理解が足りた。しかし彼女に対する全面的な理解へとは移行しなかったようだ。

 

こうして楽しくも波のある1年半の歳月を過ごした俺たちは、互いの納得する形で別れを選択した。本音を言えば決して別れたくなどなかった。俺にとって彼女の作る料理から、化粧をしながら眠りに落ちてしまう姿、そして尋常のなせる技とはとても思えぬほどの、とびきりのあの笑顔を心から愛していたからだ。挙げればきりがない。そんな彼女を手放すことがどれほどの重みと十字架を自分に背負わせたのだろう。もう何年あの時のトキメキやイヤらしい気持ちに浸っていないのだろうか。他の女の子には未だに教えてもらったことがない。

 

今日も明日も彼女からのSNSの投稿が来ることに怯えることであろう。素敵な配偶者と寄り添い歩んでいるであろう姿、流浪人くらいしか持ち歩いていないであろう日本刀を脇から抜刀し、純白に彩られた小麦たち加工物のなりの果てを容赦なく滅多斬りにする姿、ドローンの最大高度を優に超えてしまうであろうほど高く舞い上がったブーケ。俺に耐えることができるであろうか。できないのであろうか。するしかないのであろうか。いけるのであろうか。今日もいつものように魂が揺さぶられているようだ。

 

 

 

 

 

以上が童貞による魂の叫びであると友人が打ち明けてくれた。