東京フルスロットル

英語と地理と歴史を駆使したコンテンツが好きだったんですがもう仕事に毒されてしまったのです。

低賃金・長時間労働 日本の美容室を取り巻く状況が深刻過ぎる

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日本の美容院はやばいよ。だって全国に20万以上あるとかコンビニよりも多いんだよ?ちなみに僕はシンガポールで美容師やってるけど、日本にいた時の2倍以上の給料をもらってるよ。日本で美容師やってても今はあまりチャンスはないかもしれない。 

 

 

シンガポールの日本人美容師との出会いと指摘

シンガポールで偶然に出会った日本人の美容師。歳のほどは30歳に満たないほどであろうか。浅黒く日焼けした肌に、清潔感を失わない程度に残した口ひげ、そして水分を多く含み活力を感じさせるその瞳。

彼はここシンガポールで美容師として活躍している。もらっている給料は日本にいた時とは段違いだそうだ。

 

「僕の意見だけど、平均的な日本の美容師の腕は世界的には上位にあると思う。けれど、彼らは経営的なスキルに乏しいし、何より戦っているフィールド(日本)がどんな状況なのか知ってか知らずか。」

 

「ちなみに今の日本の美容室を取り巻く状況はやばいよ。新人なんてとんでもなく安い給料だし、長時間労働なんて当たり前。きつすぎる。」

 

「けれど彼らにもっと給料を払おうと、労働環境を改善しようと思っても、そう簡単にいかないのが経営側。もうね、問題の根が深すぎてどっから手を打っていいのかもわからないほどなんじゃないかな」

 

 彼が言っていたことは美容師界隈についてのことであったが、非常に考えさせられた。彼の言葉を前提とするならば、日本の美容師は自分の価値が最大限に認められるマーケットで勝負していないだけでなく、現在の日本の美容師のフィールドというのはかなり厳しい状況にあるからだ。

   

激烈な状況下にある美容室サービス

厚生労働省によると、現在日本には23万ほどの美容室が存在している。

美容所概要 |厚生労働省

なお、コンビニエンスストアの総数がおよそ5.5万(コンビニ勢力図 [ 2016年 ]|新・都道府県別統計とランキングで見る県民性 [とどラン])であるから、改めて美容室の数の多さに驚かされる。

大学教養課程の経済学の知識を用いても、この過剰な競争市場では、美容室のサービスの多くは一部を除いてコモディティ(価格以外で差がつきにく財・サービス)になりやすく、激烈な価格競争に陥ることは想像に難くない。

さらに、かつて「カットからメイクまでのトータルケアサービス」をもって付加価値を提供していた美容室は、1000円カットの登場や、サービスのバラ売りによる新規参入者の脅威により、さらに各サービス単価設定に悩まされていることだろう。

一方で激烈な競争の中で自分たちのプレゼンスを向上させなければ、消費者の注意も引けないため、結果として「ホットペッパー」や「楽天ビューティー」といった情報媒体に広告出稿しなければならない。ちなみに「ホットペッパー」はパッケージの定額料金であり、「楽天ビューティー」は成果課金制であるそうだ。

 

つまり、供給過剰ゆえに価格競争に陥り、さらに広告出稿に伴う費用の増大化や、新規サービスの登場が常に美容室界隈を脅かしているのである。

 

低賃金・長時間労働に苦しめられる美容師たち

こうした厳しい状況にある美容室が多いため、美容学校を卒業したばかりの若者にとっては数年以上も厳しい下積みを余儀なくされることであろう。

 

美容室でのサービスが安く買い叩かれている(安くせざるをえない)ために、そして広告費などの費用が店舗経営を圧迫しているのは容易に想像でき、現に美容師の新人の給料は相対的に低いことで知られている。

アシスタント時代では、青山や表参道などの有名店では、初任給の手取りが10万円前後であることも珍しくありません。逆に地方の美容室においての新卒生などは、初任給が手取りで17万円前後など比較的高い傾向にあります。

美容師の給料・年収 | 美容師の仕事、なるには、給料、資格 | 職業情報サイトCareer Garden

 なるほど、地方であればそれほど安い賃金であるとは言えないが、やはり都市部となると新人美容師の労働力の供給量が多くなり、差別化の難しい新卒段階では必然的に賃金も低くなりがちなようだ。さらに都市部は当たり前のように店舗の商圏が重なることもあり、賃料の高さなどはもちろんのこと、数々の要因が美容室ごとの競争を激化させてゆくだろう。

 

価格だけ見ても実態は掴めないが、美容師界隈にとって長時間労働というのは至極当たり前であり、この長時間の労働なくして順調な店舗経営が成り立つのはほんの一部だろう。なぜならこのような競争環境においては、とにかく客単価の不足を回転数かスキルアップでカバーしなければならないからだ。

つまりできるだけ多く接客をするか、少しでも施術技術でのキャッチアップをはかる必要があるのだ。とかく新人には一刻も早く戦力となるようなスキルが求められるのである。したがって単純な営業時間の拡大による売り上げの向上や、深夜におよびスキルトレーニングを通じたサービス向上などが横行し、結果的に拘束時間は伸びてゆく。

 

日本の美容室界隈を飛び出したひとりの美容師

こうした現実が若手の美容師を苦しめており、離職率の高さにいやでも気づかされるのである。長時間労働によるキツさ、それに見合わぬ低賃金は、もはや「夢」や「憧れ」だけでやっていけるものでもなさそうである。

加えて、美容室の多さは、美容師同士の競争の激しさを裏付ける。厳しい下積みを終えても、平均的な美容師の給料は300万円以下であり、一般サラリーマンの賃金水準を大きく下回る。ほんの一握りの美容師だけが「カリスマ」としての地位と名声と富を得られるのである。

 

かといって経営者側が何かしらの手段を簡単に講じられるほど、この業界は小さくも柔軟でもなさそうである。より資金力とブランド力のある企業でなければ、この業界で際立ったプレーヤーとなることは難しい。

 

 

話をシンガポールで出会った美容師に戻したい。

彼はこうした現実があることも、自分のその先がどのようになっているのかも見通しが立っていたそうだ。

 

「だいたい美容師の多くは30が近くなる頃には漠然と独立を考え始めるだろう。もちろん女性の美容師は結婚でその道を一旦休めることも多いけどね。」

 

「そう、僕らにとっては基本的に次のキャリアが独立なんだ。他の選択肢はインパクトの大きさや能力の有無に左右される。30まで美容師をやっていたならね」

 

「だけど、独立前に、一体いつ経営の知識や経験を蓄えられるというんだ?ただでさえ美容師って仕事は長時間労働の激務であるってのに。だから独立しても不安定な経営を余儀なくされるもの、ほそぼそと店舗を営む者が多い。マーケットの実情が全く把握できていないんだ

 

そう話してくれた彼の表情は重かった。そこでふと気になったことを思い切って聞いてみた。

   

「いまの賃金?それは日本の2倍以上だよ。それは僕の運の良さもあるけど、なんだかんだある程度日本で腕を磨いたら、海外ではそれなりの評価をもらえる。」

 

彼の「2倍以上の給料」というのは想像がついた。ここシンガポールで外国人として労働力を提供する場合、条件によっては最低40万シンガポールドル(2014年11月当時:37万円)が支払われることになっているからだ。それに物価の高さも日本以上であるから、賃金の高さには納得がいく。

 

「単純な話、日本で美容師をやっていても厳しいよ。だって競争相手が多すぎるし、構造上の問題も内包されている。だったらどうするか。それは自分をもっと高く売れるところに自分を売るんだ。ただね、やっぱり英語が必要だ。

 

自分の価値はマーケットを変えただけで変わりうる

彼がやったのはただひとつ。自分の価値が日本よりも高く評価されるフィールドをみつけて、そのフィールドで自分を高く売ったことだ。

 

「僕はここに来るまでまったく知らなかったよ。いまの美容師のスキルで英語さえできるようになれば自分が2倍の価値を認めてもらえるなんてね。

 

「もしこの美容院を訪れずに、いやもしシンガポールを訪れずにいたら、自分はずっと『何も知らずに』日本で美容師を目指していたのだろうなと。」

 

それにしてもなぜシンガポールで美容師として働いているのだろうか。

 

「そもそも僕がここオーチャード(シンガポールの高級ショッピング街)で美容師をやっていられるのは、たまたま旅行中にシンガポールを訪れたから。そしたらたまたま日本人がやっている美容室があると聞いて。遊びに行ったらオーナーがこう言った。試しに切ってみるか?って」

 

「そうしたらオーナーがシンガポールで働かないかって?ってオファーをくれたんだ。僕は当時付き合っていた彼女と別れてここに来ているんだ。」

 

「でも英語は全くできなかった。だから渡航前も渡航後も、必死に英語を身につけようとした。じゃないと英語が公用語であるシンガポールで、バンバン指名をとって成り上がっていけないからね。」

 

「それから1年あまりが経つものの、僕は英語は話せるようになったし、ある程度の金銭的余裕も生まれた。だから僕はとあるスタートアップの経営に携わって勉強しているよ。いずれ自分の店舗を大々的に展開するためにね」

 

彼は提示された給料に驚きを隠せなかったそうだ。日本の倍じゃないか…。

   

どんなマーケットでどのように自分を売るか 

彼はレストランにて流暢な英語で飲み物とチキンライスを注文していた。

いま、彼のような境遇に置かれた美容師はそう多くはないだろう。

とはいえ、日本で美容師をやるとなるとその環境にもはや魅力は少ないのかもしれない。美容室同士、美容師同士の競争の激しさに加えて、全人口の減少も気掛かりだ。なによりその激務が多くの若者を苦しめてきた。

 

ならば自分の価値を別のマーケットで試すことはできないのだろうか?

シンガポールでたまたま出会った彼は、そのチャンスを自らの手に収めて、しっかりと温めている様子である。彼はそのチャンスで一気に自分の価値を「向上」させたのだ。

しかし彼は英語や異文化での生活というハードルも乗り越えてきたのである。チャンスをものにするために結婚を考えていた彼女も、住み慣れた日本での生活も犠牲にしてきたのである。そうした努力や辛抱は見逃してはならない。

 

結局のところ、自分の価値(給料)をあげるためには、いまのスキルを別のマーケットで売るか、あるいは新しいスキルを既存のマーケットに売るといった方法に限られるのだろう。これはマーケティング思考そのものである。彼は稀有な例であるが、見事に「より高く評価される市場」をみつけて、そこに通用するスキル(英語 / 異文化適応)を獲得したのである。

 

日本の美容室を取り巻く状況は決して良くはない。しかしそれ以上に、美容室界隈を構成する最小単位たる美容師らの多くが、労働力の売り先であるマーケットを変えたり、新たなスキルを身につける時間や体力を維持することを許されない環境下にあることが問題であろう。