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東京フルスロットル

英語と地理と歴史を駆使したコンテンツが好き。それとウェブサービスとゲスな話をゆとり新卒なりに書きます。

【紹介】英語の「訛り」が「普通」の英文で表現されるとヤバい~風と共に去りぬ~

語学 書評

  

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『風と共に去りぬ』という本がめちゃくちゃ好きすぎて洋書というか原書まで買ってしまったんだけど、二重の意味で「癖のある」英語に悩まされてしまいました。いまじゃただの枕になっています。本当にヤバいんです。

  

何がヤバいかって言いますと、作中に度々現れる黒人英語の「訛り」がまるで読解できないのです。おそらく彼らの発音をかなり精密に「普通の英語」で表現したんでしょうが、まあそれはそれは解読不能なんです。

ちなみに黒人英語が翻訳版ではどのように表現されているのかってのも、比較するとなかなか興味深いので後ほど紹介します。その前に時代背景と概要を押さえておきましょう。

 

 

『風とともに去りぬ』背景と概要

舞台は19世紀後半米国南部。米国南部は欧米の産業革命による綿花需要の激増に湧いていた。人々は積極的に欧米向けの輸出用綿花を拡大生産していた。労働力に奴隷を用いること、そしてアメリカ全体の経済成長により、南部は類まれな好景気を享受していたのであった。この地には欧米から移植された「古き良き」伝統によってその社会が成り立っていたのである。

そんな南部を襲った米国南北戦争に人々は翻弄される。かの戦争はそれまでの価値観や社会常識までをも一変させてしまった。紳士淑女たる者に求められた資質はもはや時代錯誤に、そして一部の家畜同然の扱いを被っていた黒人奴隷が、建前上は解放されてしまった。戦争が南部の人々にもたらしたのは混沌であり、人々に強制的な「適応」を要求したのであった。

こうした激動の時代を、主人公であるスカーレットが旧来の社会常識や困難と闘い、自らの力でたくましく歩み始める。そんな彼女の生き様が生々しくも躍動感あふれる調子で物語は展開されていく。

 

黒人英語が日本語版だとどんな風に表現されているか

まあまあ概要はこの辺で。早くその「ヤバさ」を伝えたいと思います。

作中でたびたび黒人奴隷が登場しますが、彼らの発言において日本語に翻訳されているものは「田舎言葉」の調子で書かれています。

以下、黒人の発言は赤字で転載します。

 

「旦那さま」と呼吸をはずませて彼は言った。黒びかりのする顔いっぱいに花婿の誇らしさを輝かせていた。新しい女奴隷がまいりましただ」

「新しい女奴隷だと?わしは新しく女奴隷なんか買ったおぼえはないぞ」とジェラルドは、わざと目に力を入れてにらみつけた。買ったじゃごぜえませんか、旦那さま。買いましただよ。そいつが、ごあいさつをするために、いまそこにきてますだ」 

出典:風と共に去りぬ (1) (新潮文庫) ミッチェル / 大久保康雄 竹内道之助 訳 P107

ジェラルドとはスカーレットの父親であり、広大な綿花畑の農園主です。彼は身一つでアイルランドから米国南部へと渡り、一代にして「貴族」的な生活を手にいれました。その農園の労働者や邸宅の執事を務めるのはもちろん奴隷。そんな奴隷を新たに迎え入れる1シーンから引用しました。

 このように奴隷の言葉は白人主人の言葉と大きく分けて描かれています。白人の発言が「標準的な言葉」で描かれているのに対して、黒人の言葉は「粗野で無教養」な印象を与えます。

 

 黒人英語が原書ではヤバイ感じに書かれている

それでは原書版を見てみましょう。

 "Mist' Gerald," he announced, breathing hard, the pride of a bridegroom all over his shining face, "yo' new'oman done come."

 "New woman? I didn't buy any new woman," declared Gerald, pretending to glare.

 "Yassah, you did, Mist' Gerald! Yassah! An' she out hyah now wantin' ter speak wid you,"  

出典:"gone with the Wind" wrriten by Margaret Mitchel, P.86

原書と翻訳版を比較すれば意味がとれるかもしれませんが、俺みたいに英語に対する免疫がないような人であれば解読を諦めてしまうかもしれませんね。

しかしよくよく見てみると、

  • Mist → Mister
  • yo' → your
  • wid you → with you

などと読み直すこともできます。そして文法的な誤りがところどころ存在することに気が付きます。

おそらく作者は黒人英語を「発音だけ」理解可能な範囲で記述しているのでしょう。

こうした表現の背景に考えを巡らせると、当時の黒人は現代と比較してまともな教育を受けるチャンスもなく、結果として標準的な発音や文法も習得できない環境下に置かれていたことが推測されます。ある側面では当時の社会背景をしっかりと描いているのか、作者に特別な差別意識があったのか、少し疑念を抱かせられるかもしれません。

 

日本語版と原書とを比較すると、なるほど翻訳者の表現方法に対する誠実な取り組みというのが伺えます。それに日本語版を読んだ後であればなんとなく意味がわかるのですが、これをしっかり読むためには英語がアメリカでどのように発音されているのか、身をもって理解している必要があるのでしょう。

 

まとめ / 風と共に去りぬ紹介

俺はこの本を読破できませんでした。努力が足りない、辞書使え辞書。と言われるかもしれません。しかし、なぜ諦めてしまったのか、その理由はお分かりいただけたでしょうか?

俺がこの本の面白さに取り憑かれたのはいいものの、勢い余って原書にまで手を出してしまったことに後悔の念を拭いきれません。

「英語の訛り」というものは日本語でどのように表現されるのか、この点には興味深さを覚えました。一般的にいうところの「田舎言葉」とでも表現されるとしっくりきます。訳者の素晴らしい仕事が垣間見えますね。

ところが原書となれば、そこには「英語の発音」+ αしか書かれていません。洋書を読むにはやっぱりそれなりの準備と経験が必要なのかもしれません。

 

 ところでこの本は「女性の社会進出」を促した、あるいはその背景のもとに執筆されたと表されることもしばしば。しかしその一方で奴隷制を肯定したり、差別的な表現がなされていると批判を浴びることもありました。20世紀前半に生まれた「風と共に去りぬ (新潮文庫) 」は現代アメリカ大衆小説においてかなりの地位を有することになりました。素晴らしい作品に賛否両論はつきものかもしれません。俺は、主人公スカーレットの力強い生き様と、その生き様が彼女に与えた様々な教訓とに心を鷲掴みにされてしまいました。

 

 

さて、ここに書かれている「黒人英語」というものが理解できるように、いつかこの作品を原書のまま読破できるようになりたいなと、記事を書いてて感じました。

 

 

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 ※この記事には一切の人種差別的意図がないことを最後に記しておきます。ここで紹介する本は19世紀後半のアメリカ南部を舞台としており、その地理的・歴史的背景が表現方法を一部歪めている可能性があります。引用部分やそれに関するコメントにも特別な意図はありません。